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第一野の花学園 地域・国際交流
・今津福祉村
・今津子供太鼓
・今津陶芸教室
・モンゴルとの交流

今津福祉村

 開始時期:昭和45年

 今津福祉村は福岡市西区今津の第一野の花学園一帯にあり、「すぐれた自然環境に各種の社会福祉施設をおき、施設の人々と地域住民との積極的な交流のも と、明るく開かれた生きがいのある村」をコンセプトとし、昭和45年に設立しました。村長をはじめとする役員と地域・民生・施設の3つの部会を設置して、 様々な活動に取り組んでいます。野の花学園も利用者・職員一緒になって活動に参加しています。

○今津福祉村にある施設
 国立福岡視力障害センター、福岡市立松濤園、特別養護老人ホーム大寿園、今津赤十字病院、シーサイド病院、川添記念病院、社会福祉法人野の花学園、福岡市立今津養護学校、今津保育園、今津公民館など。


今津子供太鼓

 開始時期:平成14年
 参加人数:職員3名・利用者12名(今津地域の小学生なら誰でも参加できる)
 活動回数と時間:毎週1回の約2時間(事前に曜日と時間を決定)

今津子供太鼓は、小学校の週休2日制にともない7年前に地元子供たちの健全育成の一環として始まった活動です。現在は小学2年生から6年生までが一体と なって取り組んでいます。これまでに卒業した子供たちが中学・高校生となった今でも後輩たちの様子を見に来るなど、卒業後も交流は続いています。また、野 の花まつりや地域イベントステージに出演するなど施設内外を問わず活動しています。

◇参加者の声
 『今津子供太鼓は、2年生から6年生までの12人で活動しています。毎年、町内の行動で演奏し、最近ではミュージ  カルに出演するなど少しずつ活動の場を広 げています。僕は太鼓を始めてから4年ぐらいになるけど、いつも演  奏し終わるとみなさんから拍手をもらえるので、もっと練習して多くの人から拍手をもらえ るようにしようと思  います。いつも頑張っていますので、僕たちの頑張っている姿を見に来て下さい。』

地域の老人ホームの敬老会 韓国との交流会で披露しました

 

今津陶芸教室

 開始時期:平成14年
 参加人数:職員1名・利用者6名(今津地域の小学生なら誰でも参加できる)
 活動回数と時間:第2・4土曜日の9;30~11:30の2時間

 ゆとり教育が始まり、土曜日が休みになったことで地域の小学生がこの時間を有意義に過ごせることはないだろうかと模索していたところ、野の花学園として 普段なかなか経験できない陶芸をサークルとして立ち上げ地域貢献できるのではないかということで始まった活動です。第2・4土曜の午前中を使って、小学生 とその保護者が独創性豊かな陶芸品を作り、時には野の花まつりや地域の文化祭などへの展示・販売をすることもあります。

◇参加者の声
 『私が陶芸教室に入ったのは、小学校1年生の2学期頃でした。友達が楽しそうに作っているのを見て、私もやって  みたいなと思い入れてもらいました。
  陶芸の先生に教えてもらったり、友達としゃべったりしながら作品に模様をつけたり、一度焼いたあとに色や模  様をつけたり、どんな仕上がりになるのかなとワクワクしながら作り、楽しかったです。教室に見本があるので  それを見ながら作ったり、模様をつけるのも楽しかったです。
  これからもずーっと陶芸を続けていけたらいいなと思います。』

細かいところまで一生懸命です 完成が楽しみです!

 

モンゴルとの交流

 野の花学園の敷地内にあった「蒙古塚」を“地域の方々や子供たちへの歴史教育の一環として、また、広く地域交流・国際交流など友好親善の架け橋になることを願い、世界平和に寄与すること”を目的として平成17年3月に福岡県から買い取りました。その「蒙古塚」を「蒙古塚公園」として整備し、開園したことがモンゴルとの交流の始まりです。現在では蒙古塚公園記念祭を毎年開催し、モンゴル大使他多くの方をお招きしての交流や、モンゴル国訪問団の結成、アジア 太平洋大学(APU)や九州大学を中心としたモンゴルからの留学生との交流などさまざまな活動を展開しています。今津福祉村では、これまで友好親善訪問団 を結成し、現地の教育機関や政府との交流の場を持つなど積極的に取り組んでいます。

○元寇の歴史
 今から700年以上前、1274年(文永の役)と1281年(弘安の役)に2度にわたって当時の隣国であった「元」が侵攻してきた。これを、蒙古軍の襲 来(元寇)と呼び、この今津の地も戦場となった。当時の鎌倉幕府は刀や弓、槍といった武器で応戦したが、蒙古軍は火薬を使った大砲など、武力の差は大きく 劣勢が続いていた。しかし、日本軍が土や岩で壁を作り(元寇防塁)必死に抵抗したこと、天候が味方したことなどにより、蒙古軍の侵攻は失敗に終わった。し かし、この2度にわたる戦いによって、敵・味方ともに多くの死者を出すこととなった。時は流れ、大正2年の夏、福岡日日新聞社(現西日本新聞社)の主催に より、元寇研究の目的で今津地区一体の発掘および元寇防塁の史跡を調査したところ、双方の兵士の霊を供養するための「蒙古塚(東蒙古塚:萬人塚、西蒙古 塚:壱千人塚)」の存在が明らかとなった。さらに時は流れ、昭和15年、木下讃太郎氏によってその蒙古塚に記念碑が建立されたが、史跡指定もない中、管理 もされないまま放置された状況であった。

蒙古塚にある石碑 平成18年に寄贈された石碑
「温故知新」と書いてある
平成21年に寄贈された石碑
モンゴル語で
“モンゴル兵士の聖なる碑”


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